もし高

1950年代アメリカ。
当代随一との呼び声も高い経営学者、ピーター・ドラッカー
大学の講義に講演会、本の執筆にテレビ出演とスーパーアイドル並みに多忙な日々を送る。


本業だけでさえ殺人的に忙しい中、その全ての事務処理や応対を本人がしていては効率的ではない。
そこで彼には、彼の思想を正しく理解しサポートする秘書兼マネージャーがいた。
名をデボラといい、ニューヨーク大学の大学院生でありながら、類い希なる高い知性と経営センスでドラッカーの片腕とも言える存在になっていた。


そんな彼女が、ある日偶然見かけた 1冊の本。
神秘の国、日本で出版されてそこそこ売れていたのをアメリカの版元が目をつけ、翻訳出版権を得たものだった。


野球の本のようだが、メジャーリーグのようなプロ野球とは雰囲気が違う。
どうやら、ハイスクールの全国大会というものが向こうでは人気があるようだ。
その伝統ある大会において強豪と呼ばれる学校の監督が独自の指導方法をまとめた秘伝の書、ということらしい。


その名もずばり “The Management”。
なんと大胆な。
もちろん訳題であり、原題はわからない。
しかし、「マネジメント」と言われては黙って見過ごすわけにはいかない。


高校生の野球大会でマネジメントを語るなど、と批判精神で突っ込みを入れたくなってしまったデボラは、数多の専門書籍とともに、その異国の暑苦しいおっさんが書いたであろうペーパーバックを購入した。


暇つぶしに読むはずだったその本は、あまりにも斬新な内容で目が離せなくなり、一晩で読み切った。
師であるドラッカーと目指すものは同じなのに、まったく異なるアプローチ。
欧米人の発想では現実的とは思えない前提、過程、そして結果。
ただの絵空事ではなく、春夏合わせて 50数回を数える大会での実績がノンフィクションであることを裏付ける。


この発想はなかった。
いや、なくはなかったが、あまりにも非現実的すぎて机上の空論だと思っていた。
しかし、現実に成功している組織が存在する。


この事実を無視してマネジメントを説くわけにはいかない。
むしろ、研究に値する事例だ。
場合によっては今のマネジメント論に修正が必要になるかもしれない。
だがそれは、師の理論を盤石なものにするために避けては通れない。


そうだ、先生にこの話を伝えなければ。
彼は私の意見を受け入れてくれるだろうか。
ドラッカー理論の一番の理解者だと信頼してくれている私が、いきなりこんなことを言い出して大丈夫だろうか。
今の関係に修復しがたい問題を発生させないだろうか。
世間で評判のドラッカー理論に傷をつけることにならないだろうか。


いや、これは私だからこそできることだ。そして私がしなければならないことだ。
私は日本の組織論を研究する。
そして先生に理解してもらえるまで、何があろうと対話と実証を重ねるのだ――


――こうして、デボラの使命感に燃えた人生が始まる。
1冊の本が個人、ひいては組織の未来を変えていく。
そんな出会いがここから始まるかもしれない。


もしドラッカーの女子マネージャーが高校野球の『マネジメント』を読んだら』
近日発売予定。




……という妄想が、部屋掃除中に「もしドラ」を見かけて以来止まらない。