脱線

初めて副都心線に乗ったいえすたでい。


今じゃなくて昨日の話なのでイエスタデー。
どうでもいいが、「○○day」を「○○ディ」と書くことに否定的な人も世の中にはいる。
曰く、「バースディ」と書くと、字面だけ見れば「ba-a-su-di」と読めると言うのだ。


と言うと、そりゃ言いがかりだとかそこは文脈でわかるだろという反応になると思うし、蒲田屋もその言い分はわかる。
「私は」というのを「wa-ta-si-ha」とは読まないよね、というのと同じことだ。
必ずしも音と表記が一致するとは限らない。


逆に、「○○ディ」と書きたくなる気持ちもわかる。
「birthday」の実際の発音は「バースデー」(ba-a-su-dē)ではないし「バースデイ」(ba-a-su-de-i)でもない。
エとイの中間で、もっとさりげない音だ、というニュアンスを表記に込めようとすると「バースディ」になる。
つまり、「ディ」ではなく「デ」と「ィ」なわけだ。


そのへん、個人的にはまあ、好みでいいんじゃないの、ぐらいの気分でいた。
その基本姿勢は今でもあまり変わらないが、以前、「ドッグディズ」という言葉にぶち当たったときは否定派の気持ちがとてもよくわかった。


dog days(ドッグ・デイズ)」をバースディ式の表記にしたらそうなった、というのが真相なのだが、イエスタディやバースディならともかく、日本語(カタカナ語)として定着していない言葉に適用すると難解になるという例だと思う。


それで、副都心線はどうしたんだ。